西城秀樹さん|ヤンキースタジアムでYMCAの人文字が人気。東京オリンピックでヤングマン歌うことが夢だった。

2018年5月16日、西城秀樹さんが亡くなりました。

私の人生初レコードは、「西城秀樹A面B面コレクション3枚組」でした。

私たちの世代で「ヒデキ、感激~!」のCMを観たことがない人はいないでしょう。テレビが国民の思い出や感情を共有させてくれる、そんな時代でした。

訃報を伝える読売新聞の見出しが「ヒデキ傷だらけでも」でした。

「ヒデキ傷だらけでも」

うまいことつけるなぁと感心しながら泣けてきました。

あの時代を知っている人なら、この見出しが「傷だらけのローラ」からとったものだと、見た瞬間わかったでしょう。

2020東京オリンピックでヤングマンを歌うことが夢だった

ヒデキはそう思って、今後の仕事をセーブして取り組む方向だったそうです。ヤングマンは振り付けと元気の良さが命のうたですから、いっそうリハビリをがんばらなければと。

ヤングマンの原曲「Y.M.C.A.」は、ヴィレッジ・ピープルが歌ったアメリカ発の世界的大ヒット曲。

読売新聞によると、ヤンキースタジアムでは、5回終了後のグランド整備のときに「Y.M.C.A.」がかかり、整備員がヤングマンの人文字で踊るパフォーマンスが人気だそうです。

ヴィレッジ・ピープルには、当初、振り付けはしていなかったそうです。

人文字の振り付けはヒデキのオリジナル

後にヒデキがヴィレッジ・ピープルに伝授し、それが現在も人気のパフォーマンスとして受け継がれています。

訃報を伝える読売新聞にはこう書かれています。

「原曲を歌った米国のグループは初期のころ、人文字の振りはしていない。にもかかわらずヤンキースタジアムでは試合途中、整備員が人文字で踊るパフォーマンスが人気になっている。日本から逆輸入されたとする説が本当なら、うれしい。そこに生きていることになる」(読売新聞2018年5月18日「編集手帳」より)

東京オリンピックでヒデキがヤングマンを歌っていたら、日本中のいたるところで、世界中の人が歌って踊っていたんじゃないかな

WAになっておどろう」が長野オリンピックを盛り上げたように。

東京オリンピックの演出を手がけている皆さん、検討していただけないものでしょうか。いや、ホントに。

ヤングマンは日本オリジナルではありませんが、

世界中の人と共有できる歌って、「スキヤキ(「上を向いて歩こう」)」を除けば、「ヤングマン」が最強だと思うのですが。

西城秀樹さん63歳、志し半ばで逝去しましたが、

死してなお、よみがえる。

そんなストーリーを勝手に夢見ています。

2018年5月27日

 

 

この記事を書いた人

ひいらぎ

ひいらぎ

"ひいらぎ"と申します。

東京在住。

小さい頃からSF、タイムトラベル、異次元、吸血鬼、輪廻転生など、見えない世界、異質な世界にとても興味がありました。

現在は、古神道を学びながら、全国の神社をご参拝しています。