明治神宮 北の鳥居と防空壕~本殿敷地内の特別な場所

2019年8月4日、明治神宮鎮座百年祭記念「白玉石持ち行事」に参加させて頂きました。

通常立ち入ることのできない明治神宮御本殿の御敷地内での奉納でしたが、その際、御敷地内からしか見ることのできない「北の鳥居」と「御霊のための防空壕」を拝見することができました。

ご神職さんから、「見る機会はまずありませんから、ぜひ御覧ください」とご案内頂いたのは、2箇所。「北の鳥居」と「防空壕」です。

「北の鳥居」は本殿の真後ろから北の禁足地(北の池方面)に向けて建てられている小さな鳥居です。禁足地への入り口なので、基本的にここが開くことはないとのこと。そのため、この鳥居自体に扉がついています。

くぐれず、そして向こう側が見えない造りということです。

御敷地内からといっても、直接この鳥居を見ることはできず、塀の隙間越しです。隙間から見る「北の鳥居」はひっそりと静かにたたずみ、とても畏れ多い感じでした。

さらに回廊を進むと、「この塀の向こうあたりに、実は防空壕があるんですよ」とのこと。防空壕自体はもちろん見えません。わかるのは位置だけです。

なんとなくそこを素通りして出口に向かうと、途中に小さな小さな小屋のような、木造の建物がありました。何気なく「これなんだろうね」と隙間からのぞくと、地下に続く石の階段が見えます。「これ、もしかして防空壕の入り口じゃない?」と同行者がつぶやきました。

間違いない!と思い、回廊をきょろきょろすると、ご神職さんが一人いらっしゃったので、駆け寄って「外の階段は防空壕の入り口ですか?」とお伺いすると、「そうです」とのこと。

そして、防空壕にまつわるお話しをしてくださいました。

【こちらの防空壕は、太平洋戦争のとき、御祭神(明治天皇の御霊)をお守りするために作られたものです。当時の最新の爆撃弾でも絶対に壊れない、とても頑丈な造りだったとのことです。万が一のときは、宮司が明治天皇の御霊を抱えてこの防空壕へと入り、お守りすることになっていました】

【東京への激しい空襲がはじまり、いよいよここも、というとき、宮司が御霊を抱えて防空壕へ入ろうとしました。しかし宮司にはどうしても、明治天皇の御霊を暗い地下へとお遷しすることができない。とっさに宮司は北の鳥居を開けて、禁足地の森の奥深くへとお入りになりました】

【幸い、無事に御霊をお守りすることができましたが、開かずの鳥居である北の鳥居が開けられたのは、そのときだけと聞いております】

とのことでした。

太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)は、明治天皇ご崩御(明治45年。1912年)からわずか33年。しかも天皇はまだ現人神の時代です。

お守りするためとはいえ、この御霊を暗い地下へとお遷ししなければならない宮司の気持ちはいかばかりだったかと思います。宮司のとっさの判断。しかし禁足地は森ですから、火が移ると確実に燃えます。実際、明治神宮の本殿は、昭和20年4月の空襲によって消失しています。

物理的に考えれば、禁足地へ逃げる判断の方が危険と思えますが、そういう問題ではなかったのでしょう。結果的に、御霊は無事お守りすることができました。

これ以上のことはわかりませんが、ご参拝の折に、できればもう一度、このお話を伺ってみたいと思っています。

このような貴重な場所を見学できたことに、心から感謝です。

この記事を書いた人

ひいらぎ

ひいらぎ

"ひいらぎ"と申します。

東京在住。

小さい頃からSF、タイムトラベル、異次元、吸血鬼、輪廻転生など、見えない世界、異質な世界にとても興味がありました。

現在は、古神道を学びながら、全国の神社をご参拝しています。