走水神社(横須賀市)|ヤマトタケルノミコト オトタチバナヒメノミコト 愛と人間関係の波動【神社 聖地への旅】

-古神道の勉強をしながら、全国の神社をご参拝しています-

走水神社(はしりみず神社)のご祭神は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と、その后(妻)・弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)の二柱です*1。

ヤマトタケルノミコトは、日本書紀や古事記はもちろん、小説やスーパー歌舞伎にもなっている、日本で最も有名な英雄の一人ですね。

今回は、この夫婦の愛の伝説がある「走水神社」をご参拝しました。

愛の力を高めたい方、人間関係の改善を望む方へ

【場所】

場所は軍艦が見える神奈川県横須賀市走水です。

【神社発祥のいわれと、夫婦の愛の物語】

ヤマトタケルノミコトは父・景行天皇より東国征伐を命じられ、軍を率いて上総の国(現在の千葉県中部)へ向かいます。

途中、同行していた后のオトタチバナヒメノミコトと共に走水の地に寄った際、二人を慕った村人に冠を与えたことが、この神社の発祥といわれています。

ヤマトタケルノミコト率いる一行は、上総の国に渡るために船で海に出ます。しかし波が激しく荒れ狂い、あわや転覆という事態に。

その時、后のオトタチバナヒメノミコトは、「このように海が荒れるのは、海の神の荒ぶる心のなせること。私が海に入って神の御魂を鎮めますので、あなたは無事に渡って任務を遂行してください」と言い、海に身を投げます。

すると海は穏やかになり、ヤマトタケルノミコトの一行は、水の上を走るように進んで無事に上総の国へ到着しました。

後にヤマトタケルノミコトは妻を偲んで、「ああ、吾が妻よ」と嘆いたため、その後、東国の国は「東(あづま)の国」と呼ばれるようになったそうです。

そんな言い伝えから、こちらの神社は夫婦の愛や、自己を犠牲にしてまで誰かに尽くせるかなどといった“人生を見直す場”として、訪れる人も多いようです。

【境内の様子】

境内には、オトタチバナヒメノミコトの今際の御歌が刻まれた碑が立っています。この碑の発起人は、東郷平八郎乃木希典ら7名。そうそうたるメンバーです。

境内には、神明社(天照大神)、須賀神社(素戔嗚尊)、諏訪神社(建御名方神)のお社もあります。とても厳かな空気です。

【別宮は人間関係のご利益が?】

特筆すべきは、境内にはオトタチバナヒメノミコトに殉じた侍女達をお祀りしている「別宮」があることです。

后が入水するのですから相当数の侍女が行動を共にしたと思います。そのような、歴史には決して出てこない下々の人たちをお祀りしているのは、とても珍らしいと思います。

そのためか、こちらの神社は仕事上での人間関係のご利益がある、と言う人もいるようです。

二柱を祀るお社は、海を見下ろす大変見晴らしの良い場所にあります。

ヤマトタケルノミコトとその妻、さらに殉職した家来たちのきずなに思いを馳せて、ゆったりぼんやりした気分になれる場所です。

【ヤマトタケルノミコトは実在したか?】

ヤマトタケルノミコトは、熊襲(九州南部)と東国(関東地方一帯)を征討するも、父の 景行天皇に嫌われ続け、33歳で亡くなった悲劇のヒーローとしても知られています。

皇族の系譜では第12代・景行天皇の子供で、第14代・仲哀天皇の父親にあたります。実在したかどうかは諸説あり、どちらかというと否定的に考えられています。

でも、日本の歴史が、”ヤマトタケルノミコトは実在していない”と言い切っていないところがすごいと思います。

日本の神話と歴史はどこかの時点で現実的に重なり合い、現在につながってくるのですが、その始点がヤマトタケルノミコトあたりかも、というのが、”曖昧な日本人”的で、なんだか良いです。

ギリシャ神話の神様は、おそらく現代のギリシア人にはつながってこないけど、日本の神様は間違いなくつながっている。そう思うと楽しくありませんか。

ちなみに、初代天皇は神武天皇。平成の今上天皇は第125代です。

礼を尽くしてご参拝したい神社です。

*1:神様は一人・二人ではなく、一柱・二柱と数えます。

この記事を書いた人

ひいらぎ

ひいらぎ

"ひいらぎ"と申します。

東京在住のアラフィフ、シングル女子 です。

小さい頃からSF、タイムトラベル、異次元、吸血鬼、輪廻転生など、見えない世界、異質な世界にとても興味がありました。

現在は、古神道を学びながら、全国の神社をご参拝しています。